ポンコツになった話
一睡もしていないのに、どきどきしてあくびも出てこない。
いくらお風呂に入っても体の内側がずっとひんやりしている。
口が渇く。
自律神経がおかしい。
もしかして、体、壊しちゃったかも。
先が見えないトンネルに迷い込んだ気分だった。
今年の春。社会人3年目。
まだ20前半なのに、仕事で無理を重ねた結果、一気に体が40年くらい老けたような感覚に陥った。
上司に相談して、勤務時間を減らしてもらって、なんとか仕事を続けていた。
メンタルクリニックの受診をすすめられたものの、コロナ禍の影響で患者が増えているのか、評判の良いところはまったく予約が取れない。
だからといって、こころもからだも弱っているときに、お金を払ってまでおかしな病院に行きたくはない。
しかし、2ヶ月経っても、体調がもとに戻ることはなかった。
新規患者の予約を開始する時間に、クリニックのホームページで待ち伏せして、自分と相性の良さそうなメンタルクリニックのネット予約を取った。
比較的、新しい病院だった。
病院の概念が覆される。
若い医者だった。
医者というより、年の離れた親戚のお兄さんみたいな親しみやすさがあった。
検査の結果、「適応障害」「うつ症状が強い」との診断を受けた。
なぜか私は、それを聞いて、少しショックを受けていた。
仕事はやめたくないという私に、医者は「選択肢は3つありますよ」とシンプルに提案してきた。
このまま仕事を続けるか、休職するか、退職するか。
私が「早く元気になりたいです。どうすればいいですか?」と聞くと、
「やめたほうが早く治るし、お金ももらえますよ。どちらにせよ、薬は使ったほうが良いですね」と、医者は答えた。
それから家に帰って、家族や上司に相談した。
上司は、私に職場をやめてほしくなかったようだ。私が退職すると言い出すのを恐れているように見えた。
私もその期待に応えたかった。
だから、勤務時間を減らしてでも続けようと頑張ってきた。
でも、もう、潮時かもしれないと、悟った。
薬を飲み始めると、張り詰めていた糸が一気にゆるんだ気がした。
ぼんやりする頭と、ぐったりする体で、悩んで、悩んで、悩み抜いた結果、ようやく退職することを決意した。
ポンコツの体でだらだら働くより、一度休んで、いろいろ整ってから、心機一転した方がきっと良いに、違いない。
今は、実家に住みついて、失業保険をもらって生活している。
退職してから約半年。
規則正しい生活を心がけている。
本調子ではないけれど、体の不調が、少しずつ良くなっている感覚がある。
まるで、若返っていくように。
私は半年前まで「死にたい」としか言わず、寝たきりになって、泣いてばかりのポンコツだった。
これも、家族や病院の先生が、助けてくれたおかげだ。
次は、私が手を差し伸べて、助けてあげられるようになりたい。
私の周りにいる人は、せめて、私の視界にいる人たちには、みんな幸せになってほしい。
私は、本当に調子の悪いときの記憶を、あまり覚えていない。
鮮明には思い出せない。
元気になったら、また無理をして調子に乗って、たぶん10年後くらいにはまた痛い思いをする予感がある。
実際、10年前のとき、体がしんどくて、中学校に通えなくなった。
ゆっくり休んで、周りのサポートでようやく立ち上がったのに、また奈落の底に突き落とされた気分だった。
これからも、ずっと、同じことの繰り返しだ。
休んで、安定して、調子が良くなって、また無理をして調子を崩す。
そんな感じの人生なのかもしれない。
でも、もう悲観はしていない。
何度どん底に落ちても、バネのように這い上がる力は、きっと前より強くなっていると思うから。
わたしを嫌っているひとが、全員死んでいなくなるまで、わたしは笑って生きてやるって決めたから。
だから、大丈夫。なんとかなるって信じてる。
わたしはちょっとおバカなので、痛い目を見ないとわからない。
周りの気持ちには敏感なのに、自分の気持ちには疎いのかもしれない。
それでも、自律神経おかしくなっちゃったなぁ、うつっぽいな、っていう感覚は、在職中の2年間もなんとなくあった。
出勤前の激しい胃痙攣。全身に赤いじんましん。生理不順。眠れない。耳に水が入ったような感覚。めまい。肩こり、首こり。冷え。動悸、過呼吸。そわそわする。お昼には体がぐったりする。
なんてものが、ぽつぽつと続いて、体が悲鳴を上げているなあ、と思うことがあった。
どれも初めての経験だ。
調子のいいときもあるし、今回もなんとか乗り越えられるかなあ、と思っていた。でもいろいろなことが重なって、眠れない日が続いて、まるで積み木が倒れるみたいに、一気に崩れてしまった。
結局、病気にはなってしまったけれど、私はなんとか取り返しがついたと思う。
周りにはストレスで、癌になったり、片方の耳が聞こえなくなった人もいる。
それに比べれば、私はずっと健康だ。
一つ後悔があるとすれば、「虫歯が増えたこと」くらいだ。
私は子供の頃からずっと、虫歯になるのが嫌で、毎日3回、真面目に歯磨きをしていた。
唾液が出なくて、食生活が荒れてしまった影響で、前より歯がボロボロになってしまった。ずっと口の中は大事にしていたので、かなりショックだった。
「文字を読めなくなったこと」も、結構しんどかった覚えがある。
子供の頃から読書が好きだったのに、いくら文字を読んでも、ぜんぜん頭に入ってこなくて、「まずいなあ」と思った。ひどいときは、テレビのニュースも理解できなくて、家の鍵を忘れたこともあった。スマホも30分が限界だ。
若年性の認知症かな?なんて私はよく自虐していた。周りの人は、まったく笑ってくれないけれど。
「聞いてるこっちが、虚しくなるからやめて」と、母が苦言をこぼした。
うーん、確かに。
ジョークのセンスがなくてごめんなさい。
ふと、調子を崩したときの日記を開いてみる。
「醜く太るくらいなら死にたい。眠れないくらいなら死にたい。何しても楽しくない死にたい。仕事もしんどいつらい死にたい。みんなもわたしも自分勝手だ。こんなにつらいのに何で生きているんだろう。何で生まれてきたんだろう。早く死んでしまいたい。先に死んだ人が羨ましい。」
と、細い字で書いてあって、我ながらヒッと一人で悲鳴を上げている。
うわ~完全に病んでますね。
まあ三浦春馬くんも自殺してしまう世の中だもんね。
私と比べるにはちょっとおこがましいけど。
いい人ばっかり損をするんだろう。
でも、性格の悪い人になりたいとは思えないんだよなあ。
仕事をすると、お金が貯まるけど、そのぶんストレスも貯まるなあ、と学んだ。
大丈夫じゃない人は、つい大丈夫だと言ってしまう。
どうか、自分を追い詰めすぎてしまう人が、一人でも減りますように。
もし、私の周りに「死にたい」と言う人がいたら、
私はきっと「死なないでほしい」と一人で勝手なことを言って、小さな子供のように泣いてしまうと思う。